動作の仕組みの理解の重要性

良い動作には理由が 悪い動作には原因が

動作を改善する場合、「開きを我慢しろ」、「もっと肘を高く」、「突っ込むな」などと指示するだけ、意識するだけではできるようにはなりません。それは、それらの動作は別の原因からの連動で「どうしてもそうなってしまう」ものだからです。
解決するには根本原因へのアプローチが必要なのです。

これは、悪い動作に限ったことではなく、いい動作にもその動作に自動的になる理由があります。つまり、いい動作も、悪い動作も、すべての動作は、ある原因動作の結果として、「なるべくしてなる」「起こるべくして起こっている」必然的なものなのです。ですから指導者は動作の仕組みを構造的に理解している必要があります。

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現状の野球界の問題点

ところが、今の野球界は、少年野球はもちろんプロ野球でさえ『動作の仕組みの理解』が決定的に欠けています。考えてみれば、現状の野球界の技術用語はすべて感覚やイメージを表現したものであり、仕組みの説明はもちろん、言葉の意味さえ明確な定義があるものはひとつとしてありません。

例えば、『開く』や『壁』などの技術用語は頻繁に使われますが、具体的に「どうすれば実現できるのか」、「なぜ起こってしまうのか」「なぜいいのか(悪いのか)」ということはおろか、そもそも「どういう動作なのか」ということさえ明確になっていません。すべて感覚やイメージを表現した言葉ですから、当然、その解釈は人によってまちまちです。また、その言葉通りに動作をすれば、効果的な動作とは正反対の悪い動作にしかならないものさえたくさんあります。それでは、選手も指導者も誤解があるのは当然で、間違った練習、間違った指導がなくならないのも当たり前です。

野球界の中にずっといると、この状況が普通のことであるかのように慣らされてしまいます。しかし、これはとんでもないことです。仕組みが分からなければ原因がわからず、効果的な動作を実現するために何が必要かも具体的なことは何ひとつ分からないはずだからです。それにもかかわらず、日々練習は行われているのです。どこの世界に仕組みが分からない専門家がいるのでしょうか。間違った練習は、仕組みの理解不足から起こっているものです。

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的確な指導は動作の仕組みの理解から

自動車整備士は、走る、止まる、曲がるなどの車の機能がどのような仕組みで実現しているのかを理解し、その仕組みを担っている部品ひとつひとつの役割と性質を理解し、そして、どうすれば性能が高まり、どうなると性能が低下するかを知って、的確に対処できます。野球の指導もこれとまったく同じです。仕組みが分からない整備士に車は触って欲しくないでしょう。仕組みが分からなければ、思いつきでいじり倒して、どんなによくても中途半端にしか直すことはできないし、最悪の場合壊してしまいます。壊してしまうのが怖ければ下手に触らない方が良心的です。このようなことは野球界でもよくあることでしょう。

逆に言えば、動作の仕組みが分かり、改善のための手段を持っていて、選手に吸収力が備わっていれば、その場で、すぐに動作はよくなり、パフォーマンスは激変します。これは、仕組みが分かっている指導者からすれば、やるべきことをできるように教え、それができるようになったのですから当たり前の結果です。もちろん、機械ではなく人間がやることなので、吸収力や理解力には個人差があります。そのため、全選手がその場で劇的によくなるわけではありません。しかし、仕組みの理解に基づく的確な指導内容であれば、1時間であろうが1年であろうが、確実に上達の方向だけに向かうことには変わりありません。肝心なのは『確かなものに取り組ませる』ことです。ですから、野球の動作の仕組みについて、基本的な部分だけでも正しく理解していることは、野球の技術を教える立場にある者としての最低限の義務のはずです。

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指導者は事実を知り、伝達手段としてイメージを使う

効果的な『動作の仕組み』とは、それこそが野球の『基本』そのものです。なぜなら、レベルの高い低いに関係なく、小学生でもプロでも、同じ人間の骨格を持つ者が、効率よく投げたり打ったりするための共通の『原理』だからです。そう考えると、誰もが「基本が大事」と言いますが、その『基本』が何なのかさえ、ほとんど理解されていないことになります。感覚やイメージだけに頼って、野球の歴史は100年以上も経ってしまっているのです。

感覚やイメージはあくまで個人的なものなので、万人に通用するものではありません。そのため指導者は、まず具体的な事実を知り、その事実を伝えるための手段として、「きみはこんな感じでやってごらん」「きみはこんなイメージでやるといい」などと、選手に応じて様々なイメージを使い分けるのです。事実を知らず、自分の感覚やイメージだけを頼りに指導するのは思いつきで行っているのと同じです。それでは、変わるものも変わりません。そして、変わらずに、策が尽きれば、量に解決策を求めるしかなくなります。「これができるようになればよくなる」という上達への道筋がはっきりと見えていて、その改善策も分かっていれば、何が得られるか分からない量の練習など、時間がもったいなくてしょうがないと感じるはずです。量として必要なのは、その改善策の反復と新たに習得した動作の反復です。そのようにして行われる量には数を決める必要はありません。

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身体の仕組みが分かる者だけが優れた技術コーチとなり得る

動作の仕組み、身体の仕組みを理解することは、技術畑で育ったコーチにとっては、確かに簡単なことではないでしょう。しかし、指導者が理解していなければ選手に分かりやすく伝えることはできません。
選手は指導者以上に分からないのです。

技術コーチの中には、「技術のことなら分かるけど、身体のことは分からないからトレーニングコーチに任せる」と言う方もいます。しかし、技術は身体の使い方ですから、身体のことが分からなければ技術の本質的な中身までは分かるはずがありません。技術指導もトレーニング指導も『パフォーマンス向上』という同じ目的の流れの中にあるものなので、共に、考え方の基盤は『動作の仕組み』にあります。その中で、直接的に身体の使い方の改善を図る取り組みが技術指導で、その身体の使い方の実現に必要な身体的基礎条件をつくる取り組みがトレーニングです。この意味で、優れたトレーニングコーチは優れた技術コーチとなり得、優れた技術コーチは優れたトレーニングコーチになり得ます。どちらも、動作の仕組み、身体の仕組みが分かってはじめて、あらゆる選手を確実に変えることができるのです。

今まで動作の仕組みや身体の仕組みが分からなかったのは、ある意味、仕方がないこととして、これからは、それでは済まない時代が必ず訪れます。元プロだったから、名門チームの主力だったから、野球経験者だからというだけでは指導者は務まらなくなります。それは、野球界の発展にとってはむしろ望ましいことです。
『動作の仕組みの理解』は指導者としての責務なのです。

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